そんなに遠くないの意について考える

最近、JRに乗ったり、名鉄電車に乗ったり、近鉄電車バスに乗ったりして、両親が入院したり退院を繰り返している場所まで行くことが多いです。たった愛知県と岐阜県を行き来しているだけなのですが、そこでいつも思うことがあります。どの交通機関に乗っていても、車窓どころか人の顔、電車の雰囲気さえ感じようとはしないのはなぜなんだろうか、と思っています。携帯電話を見ている人もいれば、文庫本を読んでいる人もいます。そして目をつむってじっとしている人もいます。いろいろな街の風景や車内の風景を見なければ、なにも疑問に感じないでしょうし、考えたりすることもない、貧困な頭になってしまうような気がしています。情報過多の世の中だからこそ、自分の目と耳と足で感じることが大事なのではないでしょうか。愛知県と岐阜県はそんなに遠くありません。まずは、自分の足でそこまで行って、見て、話を伺って現状を自分なりにまとめて意見を言える子が多く育ってくれることを祈っています。


これは、中日新聞の『意見』の欄に投稿したものの、採用されなかった様なのでここに掲載しておく。

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